”真実の記録”

 2017-05-05
浩次さんのお母さんが、小さな拳を握りしめ・・・大きな山に立ち向かっている姿を
群馬の片隅で見守っていました。

浩次さんのお母さんが、どんなにか悔しい思いでいられたのか
その思いを知る者として
その闘いの記録を拝読させていただきました。

”浩次さんが伝えたかった事を”・・・”真実を”・・・
多くの人たちに知っていただく事が出来ますね!!

「浩次さんのお母さんの闘いの記録」は
浩次さんの汚れない生きた証しとなりますね。

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「僕は、信号無視を していない!」
~検察の理不尽な捜査と闘い続けた、母の15年間の記録~
ブックウェイ Book Way 発行


4月22日 大助の命日 「いのちのメッセージ展inわたらせ分校ミニメッセージ展会場に並ぶライダー」

hahafutari

ミニメッセージ展会場周辺に住んでいらっしゃる方が「0からの風」を観覧し
午後4時30分ごろ「秋桜の伝言」の記事を熱心に読んでいました。

事故形態のイラストを見ていたので、事故の状況を詳細に説明しました。

近隣に住む方の娘さんは救命救急士として太田市の病院に勤務している事
ご自身もバイクに乗られていて・・・
大助と同様の事故に遭った事を話されました。

バイクが転倒し自分は車の下に滑り込んだ状態になったと言うのです。

身動きが出来ずレスキュー隊に助け出されたのだと言うのです。

大助と同様の事故でありながら来場された近隣の方は
「なぜ」命が助かったのか?

私どもが、大助の事故の詳細を知る事が出来たのは
民事裁判を提訴し裁判所で調書類を自分でコピーをし
警察の実況見分書を入手してからの事でした。

加害者の自己保身の証言調書と現場検証に矛盾を見知って以降
胸の中に燻ぶっていたモノが22年後の4月22日に解き明かされました。

大助のバイクが転倒し加害車にぶつかった事で
車前方が3.3メートル 車後方が4.8メートル弾き飛ばされた
タイヤのズリ痕無しという記載に大助の父は不信感を持っていました。

kenbunzu
実況見分書(現場図クリックして拡大図ご覧ください)

現場検証に記載された車の移動形態(バイクの衝突による移動)の疑問の根拠は
車前方3.3メートル 車後方4.8メートル弾き飛ばされたとする加害車両の後部座席に
2歳の娘がシートベルトも着けず同乗していましたが・・・座席から転び落ちる事もなく
怪我もなく座ったまま泣いていたと言うのです。

来場者の方の語った中に
車の下で身動き出来なかった時の様子
目の前に汚れた車体が覆って息苦しかった事
折れたらしい腕が痛かった事・・・
レスキュー隊が来て救い出されるまでの時間が長かった事

その人の話を聞きながら・・・まるで大助が訴えているように
感じました(大助も同じだったのだろうと思いました)

「私の体に覆いかぶさった車が動かなかったので命拾いしたのです」
聞いた瞬間・・・体に電流が走りました。

その人の話から大助の父の心の中に燻ぶり続けていた事が
明確な事実であったと・・・はっきりしたのです。

加害者は車とバイクがぶつかった地点から車が移動した事を
バイクが猛スピードでぶつかって動いたと言い続けました。

私どもは大助のバイクの走行スピードに関して
加害者の主張80キロを上回る100キロだったと証言した
原付バイクの老人は実際にいたのか分からないのだけれど

原付バイクと大型バイクの走行検証をし
転倒バイクの摩擦係数を割り出し
大助の暴走行為は無かったと判決を得ましたが

大助は加害者が車を移動させた2度轢きによって殺された事実を
22年目の命日に辿り着きました。

加害者が加害車両を自ら移動させたと言う真実
大助は加害車両が移動した車の下で
体全体を捻じられ骨折を負い・・・殺されたのです。

足も手も首も顎も 体全体が・・・・

前輪と車体の間にあったヘルメットを被った頭は・・・・
ヘルメットのベルトが首を絞めベルトはちぎれ
顎は砕かれていました。

警察は・・・
「息子さんはヘルメットをちゃんと被っていなかったのじゃないですか」と
言ったそうです。

大助の首にはベルトの痕跡がありました。
ベルトの幅の赤い血が滲んでいた・・・

車体と前輪の動きに挟まれヘルメットは大助の頭と首を捩じり
ベルトが大助の首を絞めた・・・
そして
加害者の車の前輪と車体がヘルメットを弾き出したのです。

来場者の方と言葉を交わしながら 
私は泣いていました。

加害者が車を移動させなければ・・・大助は生きていた・・・・

大助の父は加害者に電話をして尋ねたのです(裁判が終わってから)
「あんたは自分で車を移動させただろう・・・」
「あんたの娘は後部座席にシートベルトも着けずにいたんだろう」
「怪我もしなかったって言うじゃないか」

でも・・・加害者は不可思議な車の移動を・・・
バイクがぶっかったからだと言い続けました。

私は22日当日には来場者の人の話を
大助の父に伝えられませんでした。
自分自身の心の整理がつかなくて・・・

30日の朝  話しました。

「やっぱり・・・なっ」
「大助も言いたかったんだろうな・・・」
「4月22日に来場した人は 大助の代わりに 話に来てくれたのかな・・・」

「あぁーーー 悔しいなぁーーーー」
「大助は やっぱり アイツに殺されたんだっ!!」

4月の最終日曜日 私たち夫婦は 口惜しくて くやしくて 泣きました。

浩次さんのお母さんの無念 口惜しさ
私も・・・同じ気持ちでいます。

22年目に見た 満開の桜 ミニメッセージ展の会場(旧神梅小学校体育館の横の桜の巨木)
満開の日はミニメッセ会場設営日でした・・・

ミニメッセージ展開催期間中 体育館の中に 花びらが 舞っていました・・・・

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